2021年

1月

28日

★ DVD映画「小さな恋のメロディ/原題: Melody」

11歳の少年少女の初恋を後にハリウッドで大成功するアラン・パーカー監督が瑞々しい感性で描いた1971年のイギリス映画。

 

Bee Geesの音楽を含め、大好きな映画の1本。

 

このDVDは、ご家族をも含めよくご来店くださいます映画大好き歯科医院Y先生からお借りしたものです。

 

久しぶりに全編通して観ました。

何度観ても素晴らしい映画ですよね!

 

Y先生、ありがとうございます。

 

心より感謝!!

監督のアラン・パーカーや制作のデヴィッド・パットナム等々、出演者だけでなく製作スタッフのほとんどが20代だったとか。

 

 

当時のイギリスの若い才能が集まって生み出されたこの素晴らしい作品は、日本をはじめアルゼンチンやチリなどで熱狂的に受け入れられ、1971年公開洋画の年間5位となる興行成績だったそうです。

当時観られた方が多かったのでしょうね、

今でも、お店でBee Geesの曲をおかけすると、涙ぐむお客様が続出・・・。

 

映画の中でBee Geesの曲がとても感動的な挿入歌となっているので、当時の“”淡い恋・甘酸っぱい初恋の思い出・青春時代の切ない思い”などを思い出す方が多いんでしょうね。

 

 

是非、Bee Gees の曲を聴きながら、当時を思い出してくださいネ!!

0 コメント

2021年

1月

24日

★ DVD映画「天使にラブ・ソングを…/原題: Sister Act」

大好きな映画の1本。

 

1992年製作のアメリカ映画。

 

クラブ歌手として働くデロリス(ウーピー・ゴールドバーグ)。

 

愛人であるギャングのヴィンスが、裏切り者を殺害する場面を目撃。

 

そのため命を狙われる身になるが、警察に保護され新米シスターとして修道院に身を隠すことに。

 

修道院で怖い院長のもと、規律に縛られた日々を過ごす彼女はある日聖歌隊のリーダーに任命される。

 

デロリスは歌手としての本領を発揮し、冴えない聖歌隊を鍛え上げ、ロックやソウルを取り入れたパフォーマンスで街中の注目を集めていきます。

 

最後は、大好きなLittle Peggy Marchの「I Will Follow Him」をゴスペル風にアレンジし、教会で歌い大喝采!

 

良かった、良かった!!

 

同映画は、アメリカでは6ヶ月を記録する大ヒットロングランとなり、主演のウーピー・ゴールドバーグの人気を不動のものにしたミュージック・コメディです。

 

当然ストーリーも面白いけど、何といっても音楽が最高!

 

主人公のシスター・メアリー・クラレンス(ウーピー・ゴールドバーグ)が映画の中で「50年代~60年代が大好き」と言うことで、Supremes風の曲や1964年に全米No.1,全英No.5になったMary Wellsの「My Guy」、1963年に全米No.1に輝いたLittle Peggy MarchI Will Follow Him」等が流れます。

 

特にLittle Peggy MarchI Will Follow Him」は、中学生の頃、大好きなアメリカン・ポップスの1曲。

 

映画の中で最後にこの曲を教会で歌うのですが・・・・、もう涙・涙・・・でした。

 

有名な映画なので観ている方は多いでしょうが、まだ観ていない人は是非観てください。

 

同映画は、累計興行収入23,160万ドル(国内13,960万ドル、海外9,200万ドル)で、1992年の世界興収記録としては第8位を記録したそうです。

 

コロナ騒動で実現できるかどうかわかりませんが、今年2021年にロンドンでミュージカルになるそうです。

 

当然、ウーピー・ゴールドバーグがデロリス役を28年ぶりの再演とか・・・。

●ウーピー・ゴールドバーグ

Whoopi Goldberg

 

アメリカ合衆国ニューヨーク出身の女優、コメディエンヌ、歌手。

 

エミー賞、グラミー賞、オスカー(アカデミー賞)、トニー賞の4つの賞をすべて受賞した女優。

 

1984年の「The Spook Show」で第28回グラミー賞最優秀コメディ・アルバム賞受賞。

 

1985年「The Color Purple」でゴールデングローブ賞 主演女優賞 (ドラマ部門) 受賞。

 

1990年「Ghost/邦題:ゴースト・ニューヨークの幻」アカデミー助演女優賞、ゴールデングローブ賞 助演女優賞、英国アカデミー賞 助演女優賞 受賞

1993年に「天使にラブ・ソングを/1&2」の演技でアメリカン・コメディ・アワード受賞。

 

 

2001TVアニメ「キング・オブ・ザ・ヒル」の声優でアニー賞受賞。

Little Peggy MarchI Will Follow Him

 

大好きな曲。

この曲は、ペトゥラ・クラーク「愛のシャリオ」のカヴァー曲。

 

1963年、全米シングルチャート/ビルボード・ホット100No.1に輝く。

 

当時15歳のLittle Peggy Marchは「最年少1位獲得記録」を樹立。

 

 

しかし、同年、スティーヴィー・ワンダー(当時13歳)に最年少1位獲得記録は更新されましたが、現在なお最年少1位獲得女性歌手の記録は破られていません。

0 コメント

2021年

1月

21日

★ 大好きな「Wall Of Sound」の生みの親/音楽プロデューサー Phil Spector逝去

Wall Of Soundの生みの親であり、音の魔術師ともいわれ、60年代洋楽ポップス黄金時代に大好きなRonettes等で数多くのヒット曲を生み出した偉大なる音楽プロデューサー Phil Spector

 

そのPhil Spectorが、2021116日に亡くなりました。

 

享年81歳。

 

本当に残念です。

お疲れ様でした。

 

合掌!

Phil Spectorは、いろいろな事件を起こし世間を騒がせましたが、彼が生み出した音世界に世界中でどれだけのアーチストが影響を受け、どれだけの人々が救われたことだろうか…。

 

Phil Spectorは、1959年にTeddy Bearsというバンドを組み「To Know Him Is to Love Him」でデビュー。

同曲は、全米シングルチャートで1位を獲得。

 

 

初期のBeatlesPeter & Gordon他多くのアーチストがカヴァーしています。

1961年、彼はレスター・シル(Lester Sill)と共に新しいレコード会社「フィレス・レコード」を立ち上げ、プロデューサー業に専念します。

 

1弾シングルとして発表したCrystalsのデビュー・シングル「There's No Other (Like My Baby)」は、196216日付のビルボード・Hot 10020位を記録。

 

1963年にPhil Spectorは、ポピュラー音楽に多大な影響を与えたWall Of Sound」を生み出します。

影響を受けたアーチストは、Beach BoysBilly JoelBruce Springsteen等々や日本では大瀧詠一や山下達郎等が有名ですよね。

 

Wall Of Sound」の最高峰が、Ronettesの「Be My Baby」。

もう~、この曲大好き!!

「人生の中で一番好きなポップスは?」と聞かれたら、躊躇なくRonettesの「Be My Baby」を挙げるほど大好きです。

 

同曲イントロ部分のドラムに感銘を受けたBeach Boysのブライアン・ウィルソンは「Don't Worry Baby」を発表。

 

 

Billy Joelはアルバム「Turnstiles/邦題:ニューヨーク物語」のA1曲目「Say Goodbye to Hollywood」で使用しているのは有名ですよね

プロデュース業では、Beatles1970年発表の「Let It Be」やRamones1980年発表の「End of the Century」が有名ですよね。

以降もプロデューサーとして活動していましたが、ラモーンズのメンバーを銃で脅したり、出来が気に入らないマスターテープを勝手に持ち帰って雲隠れしたりといった奇行が目立ちはじめ、また麻薬を常習するなどして錯乱状態に陥り、1980年にRamonesのプロデュースを最後に第一線から退きます。

 

その後、2003年に自宅で女優のラナ・クラークソンを射殺。

2009年に殺人罪で懲役19年の判決を受けて収監。

2009年、カリフォルニア州立刑務所の薬物中毒治療施設に収監。

2021116日、収監されていた刑務所内で死去・・・・。

 

本当にドラマのある人生を送りましたね・・・・。

 

1989年にロックの殿堂入り。

1997年にソングライターの殿堂入り。

 

2004年のローリング・ストーン誌「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100組のアーティスト」では第64位にランクインしています。

Teddy Bears

To Know Him Is to Love Him/逢った途端にひとめぼれ」

 

Teddy Bears は、Phil Spectorが音楽業界にデビューしたバンド。

 

1959年発表のデビュー・シングル盤ですが、発売とともに米国シングル・チャートでNo.1を獲得。

 

スタンダード・ナンバーとして数多くのアーチストがカバーし、オールディーズの名曲として歌い継がれています。

 

あのBeatlesも、初期の頃カヴァーしています。

 

1965ピーターとゴードン盤が、全米24位を記録。

 

1969年にはボビー・ヴィントン盤が全米33位を記録。

 

1987年にはドリー・パートン、リンダ・ロンシュタット、エミルー・ハリスの3人の女性歌手が「トリオ」というグループ名で発表し、カントリー・チャートで第1位に。

 

その他には、ナンシー・シナトラシングル、レターメン等が有名。

 

 

日本では、懐かしい名前ですがモコ・ビーバー・オリーブが1969年発表のアルバムに収録しています。

●「Wall Of Sound

 

Wall Of Sound」とは、簡単に言うと~多人数のスタジオミュージシャンを起用し、複数のテイクを録音。

それらの複数のテイクを多重録音による厚みのある音とエコー処理によって「分厚い音の壁」を作る手法~だそうです。

 

ザ・ロネッツ「Be My Baby」等のように、ドラムなどのイントロからはじまり、音響技術を駆使し、分厚い音の壁につつまれている感覚や空から音が降り注いでくるような感覚の素晴らしいサウンド。

 

この手法でクリスタルズ、ザ・ロネッツ、ライチャーズ・ブラザーズ等で、多くのヒット曲を生み出しました。

 

また、The Beatlesの「Let‘sIt Be」や解散後のジョン・レノンやジョージ・ハリスン

など、超一流のアーチストのプロデューサーとして手腕を発揮しました。

 

麻薬・殺人等で最後まで公の舞台には出ることはかないませんでしたが、彼が生み出した「Wall Of Sound」は、後年の音楽制作者やミュージシャンに大きな影響を与えたのは事実です。

 

 

是非、Phil Spectorの「Wall Of Sound」をアナログレコードで聞いてください。

0 コメント

2021年

1月

18日

★ 60年代の伝説的なベーシストの一人~Tim Bogert/ティム・ボガート逝去

Tim Bogertが・・・・、あのVanilla FudgeCactusBBABeck, Bogert and Appice)のTim Bogertが亡くなりました。

 

享年76歳。

 

大好きなバンドのベーシスト、凄いショックです・・・。

 

 

≪写真≫

・左上:Vanilla Fudge

 

・右上:Cactus

 

・左 :

BBABeck, Bogert & Appice

Tim Bogertを最初に知ったのは、学生時代のラジオから流れてきた「You Keep Me Hanging On」から。

 

オリジナルは1966Billboard No.1に輝いたSupremesの軽快なポップスですが、彼等のはとてもハードにアレンジされています。

 

当時はあまりハードな曲がなかったので、新鮮に聞こえました。

「何てカッコいい曲なんだ」で、ひと目…否、ひと耳惚れ。

以来、カーマイン・アピスと1セットでバンドを追いかけていました。

 

お疲れ様でした。

心よりお悔やみ申し上げます。

 

 

合掌!!

● Tim Bogertが聞ける所有アナログ・レコード

0 コメント

2021年

1月

15日

★ 濵田 研吾 (著)「俳優と戦争と活字と」 (ちくま文庫)

第二次大戦を体験した昭和の俳優達。

 

彼等が体験した戦争を直接インタビューしたのではなく、俳優の自伝やエッセー、対談や追悼本、過去のインタビュー記事や映画・演劇等のパンフレットの寄稿文等々、膨大な活字の中から戦争にまつわるエピソードを丹念に拾い集めまとめた一冊。

 

有名どこの戦争日記(※1)は何点か読みましたが、同本は俳優だけに絞った戦争体験である点がとてもユニーク。

 

若い方には知らない俳優が一杯出てくると思うけど、当時の俳優それぞれの体験談はとても面白く、戦争とはどういうものかを知る上でも貴重な資料だと思います。

 

一口に戦争体験と言ってもいろいろありますよね。

赤紙・徴兵、玉音放送、終戦日の体験、中国・朝鮮・南方に等での戦闘体験、疎開、戦時下の映画ロケ、慰問団・移動演劇、戦時下の恋愛体験、広島・長崎の原爆体験、原爆語り継ぎ体験、満州引き上げ体験、シベリア抑留体験、特攻隊体験・・・・・、あの時代を生きた方々の体験は生存者の数だけあると思います。

 

同本は、映画・舞台・テレビで活躍したスターや名優達の華やかな姿の裏に隠された戦争体験。

 

著者は「俳優たちが語った戦争体験やメッセージを一冊にまとめることにより、見えてくるもの、聞こえてくる声があるのではないか。戦争を知らない世代への、これも1つのアプローチの仕方ではないか」と。

 

終戦時20歳だった人が今では96歳、十歳だった人でも86歳の超高齢者。

戦争を体験した人や戦争体験を語ることが出来る人は、後どのくらいいるのでしょうか。

 

戦争の悲惨さ等を後世に伝えるためにも同本は若い方に読んで欲しい本だと思います。

 

(※1)伊藤整「太平洋戦争日記」、大佛次郎「終戦日記」、

高見順「敗戦日記」、徳川夢声「夢声戦争日記」、

山田風太郎「戦中派不戦日記」・「戦中派虫けら日記」、

「古川ロッパ 昭和日記」

山田風太郎 『同日同刻 太平洋戦争開戦の一日と終戦の十五日』

その他、池部良、西村京太郎、水木しげる等

 

●濵田 研吾 ()「俳優と戦争と活字と」

出版社 : 筑摩書房/ちくま文庫

定 価  : 1100円+税

 

 

0 コメント

2021年

1月

14日

★ 大好きな映画「Field of Dreams/フィールド・オブ・ドリーム」

「緊急事態宣言」発令の中、皆様は毎日どのようにお過ごしですか?

 

お店も1/8から休業なので、足が萎えないように妻と一緒に買い物がてら散歩したり、溜まっている本・DVD等で過ごしています。

 

僕はTVが好きじゃないのであまり見ないのですが、今のTV番組は本当に良いですね。

毎日どこかのチャンネルで洋画を放映しています。

 

昨日1/13(木)は、BS7chにて野球映画2本。

1本目は、1976公開テイタム・オニール、ヴィック・モロー、ウォルター・マッソー等出演の「がんばれ!ベアーズ」。

 

かつてマイナーリーグで活躍していたプール清掃員のモリスが、市議会から依頼された問題児ばかりの少年野球チーム「ベアーズ」を優勝させるために奮闘するという青春スポーツコメディ。

 

ストリーは最初から見えているのですが、引き込まれます。

 

 

子役だったテイタム・オニールがかわいいし、結構、面白いですよ!

2本目は、1989年公開ケビン・コスナー、バート・ランカスター等の「Field of Dreams/フィールド・オブ・ドリームス」。

 

この映画、大好きな映画の1つ。

も~、これまで何回観たか分かりませんが、本日も涙涙・・・・・・。

 

『野球』を通して古き良きアメリカの夢や希望、家族の絆などを描いたファンタジー映画。

 

アイオワ州の貧乏農家(ケビン・コスナー)は、周囲の人々に馬鹿にされながらも妻や娘に温かく見守られながらトウモロコシ畑で聞いた謎の言葉「If you build it, he will come./それを造れば、彼が来る」に従い小さいけど夜間照明までついた野球場を造る。

 

1年後、その野球場に現れたのは、故父のヒーローで球界を永久追放され失意のうちに生涯を終えた“シューレス”ジョー・ジャクソンやムーンライト・グラハム等々、今は亡き伝説のメジャーリーガー達。

彼等は外野席近辺のトウモロコシ畑から現れ、グランドで野球をやり、トウモロコシ畑に消えていきます。

 

野球メンバーの中に喧嘩別れし会うことが出来なかった故父もおり、最後に自分と同じような年齢の父とキャッチボールを・・・・。

 

もう、涙涙・・・。

 

本当に素晴らしい映画です。

見ていない方は、必見ですよ!!

 

次は、「天使にラブソング(DVD)」の予定。

 

 

余談ですが、浅田次郎の「鉄道員(ぽっぽや)」、「地下鉄(メトロ)に乗って」等の小説は、この映画に影響を受けたのかな・・・・?・・・と思います。

0 コメント

2021年

1月

12日

★「ジェリー・マースデン/Gerry Marsden」~Gerry and the Pacemakers

60年代初頭、Beatlesを中心に日本でも大ブームとなったマージー・ビート(当時日本ではリバプール・サウンドと呼んでいたけど・・・)の代表の1Gerry and the Pacemakers

 

そのリーダーGerry Marsden氏が、年明けの13日に逝去。

享年78歳。

 

お疲れ様でした、心より合掌!

Gerry and the Pacemakersは、Beatles関連で語られることがしばしばあります。

 

出身がBeatles同様英国リヴァプール出身でマージー・ビートを代表するバンドと言うことだけでなく、マネージャーとプロデューサーがBeatlesと同じなんです。

 

そう、ブライアン・エプスタインとジョージ・マーティンのコンビ。

 

 

このコンビなら売れるのは見えているよね。

Gerry Marsdenは、兄のフレディ・マースデン等と一緒に1959年にGerry Marsden and The Mars Barsを結成。

 

地元リヴァプールのナイトクラブやパブにも出演し少し名前が知られるようになった時、あるチョコレート会社の商品名がMars Barsであるというクレームがありバンド名をGerry and the Pacemakersに改名。

 

当時、BeatlesSearchersRory Storm & The Hurricanes(リンゴ・スター在籍)、Swinging Blue Jeans等とキャバーン・クラブや西ドイツのハンブルクのクラブに出演。

地元リヴァプールでは既にBeatlesと並ぶ人気だったそうです。

 

彼らの演奏力の高さと楽曲の幅広さに目を付けたブライアン・エプスタインがマネージメントを買って出、EMI傘下のコロンビアレコードと契約し、ジョージ・マーティンがプロデューサーに。

 

結果、ブライアン・エプスタインとジョージ・マーティンのコンビで、1963年「How Do You Do It ?/邦題:恋のテクニック」でデビュー。

 

 

デビュー曲から連続3作、UKシングル・チャートで1位を獲得。

 

彼等のデビューに関し、面白い話があります。

 

もともと「How Do You Do It?」は、ジョージ・マーティンがBeatlesのデビュー曲として用意していた曲だそうです。

 

しかしビートルズは自分達の作った曲でデビューしたいと主張したため、この曲はGerry and the Pacemakersに。

 

因みに、Beatlesはオリジナル曲「Love Me Do」でデビューしたが、全英チャートで最高17位に終わった。

 

しかし、「How Do You Do It?/邦題:恋のテクニック」は19633月にリリースされいきなり全英チャートで1位を獲得。

面白いもんですよね!!

 

その後、5月にBeatlesの「From Me To You」に抜かれるが、6月に2作目シングル「I Like It」で「From Me To You」を抜いて再び1位に上がるなど、Beatlesとヒット・チャートで競い合う状態が続きます。

 

1964年には「ブリティッシュ・インヴェイジョン」の波に乗りアメリカへ。

アメリカでデビュー曲が発売され、ビルボードのシングルチャートで9位にランク・イン。

しかし、アメリカでは成功せず、196610月にグループは解散。

 

ジェリー・マースデンが世界中で愛されるようになったのは、3作目で4週連続UKシングル・チャート1位を獲得した「You'll Never Walk Alone」から。

この曲は、元々はミュージカル「回転木馬」用の曲でしたが、発表後ホームスタジアムで試合のハーフタイム中に流したところ大好評を得、リクエストが殺到。

4週連続でUKシングル・チャート1位を獲得。

その後、地元のサッカークラブ「リヴァプールFC」の愛唱歌となり、世界中のサッカーファンに長年愛される曲となります。

 

そこで、彼は1985年にザ・クラウドというバンドを結成し同曲を再発。

売れたレコード等の収益金は、同年5月に発生したブラッドフォードのスタジアム火災事故で被災された方達の見舞金に充てられたそうです。

 

また、1989年にシェフィールドのヒルズボロ・スタジアムで発生した群集事故(ヒルズボロの悲劇)の際には被災者支援のために「マージー河のフェリーボート」を再発。

同曲は、UKチャートで3週連続1位を獲得し、同じく収益金は寄付されたそうです。

 

2018年に引退したジェリー・マースデンは、生涯を通してチャリティに3500万ポンド(約49億円)を寄付したそうですよ!

 

本当に素晴らしい人を亡くしました。

 

改めて心より合掌・・・。

 

●当店所有のリバプール・サウンドのアナログレコード/一部

 

0 コメント

2020年

12月

07日

★ 大好きなTurtles

Turtlesの創設メンバーでリズムギター担当のJim Tucker1112日にお亡くなりになりました。

 

享年74歳。

合掌!!

 

お若い方にはTurtlesと言っても知らない方が多いと思いますが、ちょっと凄いバンドでした。

 

どう凄いかと言いますと、ヒット曲が4曲(僕の記憶によると・・・)しかないのに、その中の1曲が発売されるや否や当時ビルボード・シングルチャートNo,1だったBeatlesの「ペニー・レイン」を引きずり落とし3週連続No.1の座に。

そのNo.1になった彼等の最大のヒット曲であり日本でも大ヒットし大好きな曲が「Happy Together」なんです。

その他、Canadian2位、UKでは12位を記録。

 

1967年の事でね・・・。

この頃、けっこう悩み多き青年でね。

毎日、鬱々と暮らしていました。

 

そんなある日、ラジオから流れてきたのが「Happy Together」なんです。

「何て良い曲なんだろう! 元気出る~~」と毎日聞いていました。

 

音楽で心が癒されることって多々ありますよね。

Turtlesは、サーフィン・ミュージックをやっていたらしいのですが、1965年当時、アメリカ西海岸のフォーク・ロックブームで大ヒットし全米No.1に輝いた「Mr. Tambourine Man」のByrdsにあやかってバンド名を動物にしたとか・・・。

 

何と安易な!!!

そしてデビュー曲もByrds同様ボブ・ディランにし、「It Ain't Me, Babe」をカヴァー・・・。

益々情けない・・。

 

情けないバンドですが、神は見捨てませんでした。

1967年と1968年は、彼等にとって最高に良い年になり、ヒット曲が連発!!

She'd Rather Be with Me」は、US Billboard Hot 1003位になった他世界的に大ヒット。

 

また、「She's My Girl」と「She's My Girl」もトップ15入りした。

 

1968年の「Elenore」も、US Billboard Hot 1006位、Canadian4位、Ireland6位、UK7位、Australia3位、New Zealand1位に。

日本でも大ヒットしました。

 

Turtlesの再結成はありえないけど、曲は最高でしたよ!!

 

 

お亡くなりになったJim Tucker他メンバーに心から感謝!!

0 コメント

2020年

12月

01日

★ 数両限定・7年超熟成のクラフトバーボン「BAKER‘S 2020/ベイカーズ」入荷!!

BAKER‘S 2020」は、クラフトバーボンの最高峰「ブッカーズ」を世に送り出した老舗バーボン・ウイスキーメーカーのビーム蒸留所(創業1795年)のクラフトバーボン(※1)。

 

クラフトバーボンというカテゴリーを生み出したのは、あの「ジムビーム」で有名なビーム家の6代目ブッカー・ノウ氏。

 

彼は、名門ビーム家伝承の技術の粋を結集し、原料や製法・熟成管理等に徹底的にこだわり、本来あったバーボンの姿~アメリカ禁酒法以前のバーボンを蘇らせるという原点回帰的な思想でバーボン造りに取り組み理想のバーボンを誕生させました。

 

それが、今や入手困難なプレミアムバーボンの最高傑作と言われる「ブッカーズ」です。

 

「ブッカーズ」の次に彼が生み出したのが「BAKER‘S/ベイカーズ」。

BAKER‘Sは、ビーム蒸留所で造られる製品の中で最もパンチがあるクラフトバーボン。

 

今回のプレミアムバーボン「BAKER‘S 2020」は、ビーム家の200年を超えるバーボンづくりのノウハウを結集し、代々受け継がれてきた高品質の酵母を使用。

アルコール度数は107プルーフ(53.5)と高い(※2)のですが、7年超の熟成期間を経た樽香が芳しいバランスの良い滑らかな味わいです。

コクとともに心地よい甘く芳しい口中香が長く続きます。

 

ボトルもプレミアム感のあるデザインにし、数量を限定して発売された「BAKER‘S  2020」を是非お試しください。

 

(※1)クラフトバーボンとは、大量生産されるバーボンウイスキーとは異なり、原料・仕込・蒸溜・貯蔵まで作り手の特別な意図や思想・信念等が色濃く宿っており、生産数量も限定されたバーボンです

 

 

(※2)ビーム社の貯蔵庫は9段積み。上段にいくほど庫内の温度は若干高く、湿度は低い。そのため上段は原酒の樽を通しての呼吸が活発で、熟成は早まり、アルコール度数も高まる。ベイカーズは上段の89段で7年超の熟成を経たもの。樽香の芳しい、最もパンチのあるフルボディタイプのバーボンになるそうです。

0 コメント

2020年

11月

24日

★高田郁著「みをつくし料理帖」読了

久しぶりに心がホンワカと優しさに包まれる小説。

 

今評判になっている高田郁著「みをつくし料理帖」全10巻を読み終えました。

このような心優しい時代小説もあるのですね。

読んでよかった。

 

と言うのも、少しへそ曲がりな性格でね・・・、ベストセラーは読まない主義なんですが・・・。

閉店後、深夜のTVドラマ「みをつくし料理帖」を1回見たのがきっかけ。

10巻大人買いし、一気読み。

面白かったな~。

 

江戸時代の文化や武家・庶民の食べ物、料理へ真摯に向き合う料理人の姿等、「つる家」を取り巻く商人や武士等の人間模様・人情等が生き生きと描かれています。

 

江戸のそば処「つる家」を中心に店主・種市に助けられ「つる屋」の料理人となる澪とその幼馴染・野江が、周りの人々に助けられながらも艱難辛苦を乗り越え成長していく姿に結構感動します。

 

年のせいかもしれませんが、けっこう熱いものが込み上げてくる泣ける小説です。

お薦め本ですよ!

 

同小説を角川春樹が映画化しているようです・・・。

0 コメント

2020年

11月

16日

★ Ken Hensley & Uriah Heep

Ken Hensley114日(2020年)にお亡くなりになりましたね。

 

享年75歳。

 

また一人、同年代の偉大なるアーチストが亡くなり、とても残念です。

 

心より合掌!

 

僕がKen Hensleyを知ったのは、1971年に発表されたUriah Heep3枚目のアルバム「Look at Yourself/邦題:対自核」から。

ラジオから流れてきたとてもハードでカッコいい曲がLook at Yourself/邦題:対自核」でした。

 

当時、悩み多き少年だった僕は、このタイトルで自分自身を見つめ直し・・・・、まっとうな世界へ・・・。

 

な~んて、そんな大袈裟な事ではないけどネ・・・・・。

 

1970年前後の音楽状況は、とても素晴らしい時代でね、Beatles解散後60年代後半の混沌とした状況から脱し、今までにないハードロックやプログレ等々が花開いた時代でした。

 

そんな時代に身を置いていたのが最高に幸せ!!

 

特にハードロックといわれるジャンルでは、伝説的なバンドが各国から誕生。

UKからLed ZeppelinDeep PurpleBlack SabbathUriah Heep等。

 

USAからGrand Funk RailroadBlue Öyster CultCactusJames GangRick DerringerMontrose等。

 

カナダからGuess WhoSteppenwolfや若干遅れるけどRushBachman-Turner Overdrive等。

 

バンド名を列挙するだけでもハードロック・ファンは興奮するよね!

 

上記バンドのアナログレコードありますから、リクエストくださいネ。

 

で、このような時代背景の中、ケン・ヘンズレーは、1965年「The Gods」のメンバーとしてデビュー。

 

余談ですが、このGodsは凄いバンドでね、オリジナルメンバーにはケン・ヘンズレーの他、ミック・テイラー(後にジョン・メイオール&ザ・ブルースブレイカーズやローリング・ストーンズに参加)、ジョン・グラスコック(後にジェスロ・タルに参加)が在籍。

 

 

その他に1967年には後にキング・クリムゾンやELPに参加するグレッグ・レイクも在籍していたんです。

その後、ケン・ヘンズレーは、ミック・ボックス(ギター)やデヴィッド・バイロン(ボーカル)に誘われ、1969年末「ユーライア・ヒープ」を結成。

 

≪結成当時のメンバー≫

・デヴィッド・バイロン:リード・ボーカル

・ケン・ヘンズレー:キーボード

・ミック・ボックス:-リードギター、アコースティック・ギター

・ポール・ニュートン:ベース

・イアン・クラーク:ドラムス、パーカッション

 

彼は、1980年ユーライア・ヒープを脱退するまで13枚もアルバムに参加しています。

 

2020114日、スペインにて死去。

ソロアルバム「My Book of Answers」の制作を終え、20212月にリリースを控えたそうです。

 

本当に残念です。

改めて合掌・・・。

 

余談ですが、ユーライア・ヒープは、ミック・ボックスを中心に現在も活動しています。

2019年の川崎チッタ公演を観た時は、つくづく1973年に行われたオリジナルメンバーでの日本公演に行けばよかったと・・・、後悔しています。

 

Best盤でもいいので是非一聴して欲しいバンドです。

 

本当におつかれさまでした。

●ケン・ヘンズレーが聞ける当店所有のアナログレコード

The GodsBest盤」

Uriah Heep

 

1970年~「...Very 'Eavy ...Very 'Umble(アメリカ版)

1971年~「Salisbury

1971年~「Look at Yourself

1972年~「Demons and Wizards

1972年~「The Magician's Birthday

1973年~「Uriah Heep Live」ライブ盤

1973年~「Sweet Freedom

1975年~「Return to Fantasy」ジョン・ウエットン参加

 

1977年~Innocent Victim

その他のUriah Heep

 

1982年~「Abominog

 

2018年~「Living the Dream

0 コメント

2020年

11月

02日

★サー・トーマス・ショーン・コネリー(Sir Thomas Sean Connery)

Sirの称号を持つイギリス・スコットランド出身の映画俳優~ショーン・コネリー氏がお亡くなりになりましたね・・・。

 

享年90歳。

 

AFI(アメリカの映画団体)「アメリカ映画100年のヒーローと悪役ベスト100」の3位に選出。

 

大好きな俳優の一人でした・・・・・、合掌!

 

ショーン・コネリーを知ったのは、やはり「007」シリーズ。

当時(中学生)僕が通っていた学校では、Beatles同様に映画館に行くのも“不良”とされていました。

 

しかし、学校へ行くと皆が「007」の会話をしているのでネ、どうしても仲間はずれになりたくないので隠れて観に行ったのが懐かしいです。

彼が主演した「007」シリーズでは、

1962年「007 ドクター・ノオ」、

 

1963年「ロシアより愛をこて」、

 

1964年「ゴールドフィンガー」、

 

1965年「サンダーボール作戦」、

 

1967年「007は二度死ぬ」、

 

1971年「ダイヤモンドは永遠に」、

 

1983年「ネバーセイ・ネバーアゲイン」6本を劇場で観ています。

その他には、1976年ロビン・フッドと恋人マリアンの「その後」を描い「ロビンとマリアン」のロビン・フッド役。

この映画でのマリアン役はオードリー・ヘプバーンでした。

1987年には、禁酒法時代の超有名ギャングのボス~アル・カポネを逮捕しようとするエリオット・ネスを中心とするアメリカ合衆国財務省捜査官チーム「アンタッチャブル」の戦いの日々を描いた実録映画。

 

ショーン・コネリはエリオット・ネス等を助ける老警官役として出演しアカデミー賞助演男優賞・ゴールデングローブ賞助演男優賞受賞。

1989年、スピルバーグ監督の「インディ・ジョーンズ/最後の聖戦」

 

インディ・シリーズ第3弾。

 

ナチスの手が迫る中、ジョーンズ親子の逃亡と脱出の冒険劇。

 

 

ショーン・コネリーは、インディの父親役で出演。

1990年、ソ連の最新原子力潜水艦レッド・オクトーバーをめぐって繰り広げられる米ソ戦略を描いたトム・クランシーの名作を映画化した「レッド・オクトーバーを追え!」

1993年、日本企業によるアメリカ企業の買収等が問題視されていた1990年代前半のカリフォルニア州を舞台にした日米経済摩擦を描いたマイケル・クライトン著のサスペンス「ライジング・サン」。

1995年アーサー王伝説に基づく愛と冒険の歴史スペクタクル・ロマン「トゥルーナイト」。この映画では彼はアーサー王役でアーサー王の配下“円卓の騎士”ランスロットにはリチャード・ギアが演じています。

1996年にはニコラス・ケイジ、エド・ハリスらと共にアメリカ海兵隊員の英雄率いるテロリストと制圧する特殊部隊との攻防を描いた作品「ザ・ロック」。

 

こう見ると、ショーン・コネリー出演の映画を結構見ていますね。

 

本当に楽しませてくださり、心より感謝申し上げます。

 

改めて、合掌!

 

 

余談ですが、3代目ジェームス・ボンドを演じたロジャー・ムーア氏も2017年に89歳でお亡くなりになっています。

 

年には勝てませんが、やはり寂しいです・・・・。

 

 

心よりご冥福を・・・。

007」シリーズは映画の面白さもありますが、音楽も良いんです。

 

上演当時に結構ビルボード・シングルチャートを賑わした曲が結構あります。

 

当店で所有しているアナログレコードは、

 

マット・モンロー「ロシアより愛をおめて」、

シャーリーバッシー「ゴールド・フィンガー」、

カーリー・サイモン「私を愛したスパイ」(1977年)

シーナ・イーストン「ユア・アイズ・オンリー」(1981年)

 

ポール・マッカートニー「死ぬのは奴らだ」(1973年)

0 コメント

お店へのアクセス

住所:

川崎市川崎区砂子2-8-1

シャンポール川崎互恵ビル103号

 

TEL:044-223-1978


JR川崎駅から徒歩6分
京急川崎駅から徒歩7分

クリックで拡大
クリックで拡大

●各種お問合せ、ご意見等がございましたら、下記にご連絡ください。

 

 TEL:044-223-1978

営業時間

19:00~25:00

 

★定休日:日・月・祝・祭日

 

「一般社団法人 笑い文字

及協会」認定講師Mさんより頂戴しました。