2018年

5月

28日

★レコード紹介~ATOMIC ROOSTER「Death Walks Behind You」

日本ではELPのカール・パーマーが在籍していたバンドとして有名なATOMIC ROOSTER

 

でも、カール・パーマーが在籍していたのは1stアルバムのみ。

 

実際は、The Crazy World Of Arther Brownに在籍していたVincent Crane ヴィンセント・クレインが結成したバンド。

 

カール・パーマーは1stアルバムを発表後、キース・エマーソン(元ナイス)とグレッグ・レイク(元キング・クリムゾン/b)ELPを結成しATOMIC ROOSTERを脱退。

 

カール・パーマーの代わりにPaul Hammond ポール・ハモンド(ds)を迎え、黄金期のメンバーが揃ったが、直後グラハムも脱退。

 

やむなくベーシスト不在のまま

Vincent Crane ヴィンセント・クレイン(キーボード、ヴォーカル)、

John Du Cann ジョン・デュ・カン(ギター、ヴォーカル)、

Paul Hammond ポール・ハモンド(ドラムス)

3人で作成したのが2ndアルバム「Death Walks Behind You」。

 

メンバー間のごたごたの中で作成されたにも拘らず、この2ndアルバムは“英国ロックに燦然と輝く歴史的名盤” と言われています。

 

●「Death Walks Behind You

 

1970年発表の2ndアルバム。

 

1stアルバムはハードなプログレ・サウンドでしたが、この2ndではヘヴィなギターを全面に出したサウンドへと変わっています。

 

このサウンドの変化が大当たり。

 

71年にはシングル「Tomorrow Night」が全英11位、「悪魔の答」(Devil's Answer)が全英2位の大ヒット。

 

一躍ヨーロッパで名を知られるバンドとなる。

 

しかし、残念なことに1989年にヴィンセントが自殺、ポール・ハモンドもドラッグの多量接種で93年に他界となってしまいました。

 

ATOMIC ROOSTERは、アメリカで大きな成功を得られず世界的にはそれほどメジャーではありませんが、日本やイギリスにおいてはプログレ・ファンとハードロック・ファン双方に愛され続ける特殊な存在として今でも人気の高いバンドです。

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2018年

5月

22日

★ 所有レコード紹介~Fairport Convention/フェアポート・コンヴェンション

ジャケットが好きで、以前から欲しいと思っていたレコード。

 

再発盤ですが、やっと入手することができました。

 

Fairport Conventionは、イギリスのフォーク・ロックバンド。

 

1967年に結成し、現在も活動しています。

 

フォーク・ロックバンドなんですが、結成当時はブルースやサイケデリック・ロック等をやっており、メンバー編成も似ていることから「イギリスのジェファーソン・エアプレイン」等と言われていました。

シド・バレット中心時でサイケデリックを演奏していた初期ピンク・フロイドやソフト・マシーンなどと、良く共演していたそうです。

 

そんなLIVEでスカウトされデビュー。

 

1969512日バーミンガム公演終了後バンドの移動車がハイウェイで交通事故を起こし、オリジナルメンバー1名とギター トンプソンの彼女を失います。

ハイド・パークで行われた追悼コンサートには、ローリング・ストーンズ、キング・クリムゾンなどが参加したそうです。

 

事故後、活動続行を決めたグループは、サンディ・デニーが持ち込んだ英国伝承音楽の要素を大胆に取り入れ“エレクトリック・トラッド”という概念でアルバムを作り出します。

 

“エレクトリック・トラッド”とは、英国のトラディショナル・フォークにロックを加味し、これまでのロック、フォーク、ポップ界になかった音楽性と個性を持つ新たな音楽。

 

フォークの伝統に新たな息を吹き込んだ彼等の音楽性は、60年代後半以降のフォーク・グループやレッド・ツェッペリンをはじめとするロック界にも多大な影響を与えています。

 

その新しい概念で発表されたのが、1969年の3rdアルバム「Unhalfbricking/アンハーフブリッキング」。

 

トラッドロックを確立させた初期の集大成的アルバムです。

しかし、残念なことに名盤を次から次に発表したFairport Conventionの女性ボーカルSandy Dennyが1978年に知人宅で階段を踏み外して転落。

 

31歳の若さで亡くなりました。

 

才能豊かな人は早死にしてしまうんですね。

 

元メンバーのリチャード・トンプソンは、「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のギタリスト」において、2003年は第19位、2011年の改訂版では第69位に選ばれています。

 

Fairport Conventionその他情報

 

・イアン・マシューズは、キング・クリムゾンの1stアルバムに参加しているイアン・マクドナルド。

 

Fairport Convention50周年記念アルバムにロバート・プラント(Robert Plant)がゲスト・ヴォーカルとして参加。

 

Sandy Denny加入前の女性ヴォーカリストのジュディ・ダイブル(Judy Dyble)は、デビュー前のKing Crimsonにも参加していたそうです。

 

・ポール・ウェラー・バンドでの活躍でも知られるプロデューサー/ベーシストのAndy Lewisもいたそうです。

 

・この大好きなジャケットの夫婦は、サンディのご両親。

Fairport ConventionUnhalfbricking

 

1969年発表の3rdアルバム。

 

Sandy Denny 

Ashley Hatchings

Martin Lamble

Simon Nicol

Richard Thompson

 

サンディ・デニーの代表曲で数多くのアーティストがカバーし英国フォークのスタンダードと言われる「Who Knows Where The Time Goes?/邦題:時の流れを誰が知る?」やイアン・マシューズ最後の参加作「パーシーズ・ソング」、そして11分にも及ぶ歴史的なトラッド作品「船乗りの生涯」等が収録されています。

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2018年

5月

14日

5月22日(火)より通常営業

 先日は、突然の入院で多大なご迷惑をおかけしたにも関わらず、皆様から心温かい励ましのお言葉を多数いただき、心より御礼申し上げます。

 

今後は、皆様にご心配をかけぬよう健康管理に努め、一層精進して参る所存です。

 

つきましては、522日(火)より通常営業に戻りますので、変わらぬご指導ご鞭撻のほど宜しくお願い申し上げます。

 

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2018年

5月

13日

★ COPD/慢性閉塞性肺疾患 ~ 入院読書三昧

明治45年生れ、煙草・洋酒・ロシア文学をこよなく愛し、大学の先輩でもあった父が他界したのは82歳。

 

小さい頃、紫煙を燻らしている父の膝の上で一緒にクラシックを聴いていたのを思い出します。

 

週に23日程度、父は夜11時ごろ会社の部下とクラブの女の子を引きつれ帰宅。

我家がサロン状態になり煙草の煙が応接室一杯に広がったいました。

 

持病の糖尿病を抱えていましたが、煙草も酒も止めることのなかった父。

それが原因で父が入院した記憶はありません。

 

82歳で亡くなった父の位牌に、母は煙草と酒を欠かすことはありませんでした。

 

そんな煙草と酒をこよなく愛した父の息子である僕も当然体を壊さず入院もせず元気に行けると思ったんだがな~・・・・。

医師の診断は、慢性閉塞性肺疾患(COPD)。

 

COPD(慢性閉塞性肺疾患)は、従来の慢性気管支炎+肺気腫になる症状。

 

肺気腫、COPDになる患者の8090%は喫煙歴があり、喫煙者全体のうちCOPDになるのは15%程度なんですって。

 

逆に言うと、喫煙者の85%COPDにはならないが、喫煙者のうち高齢者に限ると50%近くがCOPDになっているそうです。

 

喫煙が主な原因がであることは明らかですが、喫煙者のどのような人が肺気腫になって、どのような人がならないのかはまだ不明だとか。

加齢、体質や遺伝、大気汚染やアスベストなどの化学物質によるものなどが考えられているそうです。

 

煙草が主な原因と知りましたが、高齢者の50%はCOPDになっていない。

 

ならない父と患ってしまった息子の違いはないか?

 

頭の良さだけでなく体力までも・・・・。

 

入院して改めて思ったことは、「どう考えても全ての面で父には負ける!・・・」。

病院に来たときは、呼吸困難な状態。

 

どんなに深く呼吸しても、酸素不足の金魚のようにアップアップ状態。

 

体内酸素も93%とか・・・。

 

この体内酸素測定装置は「パルスオキシメータ」といい、皮膚を通して動脈血酸素飽和度(SpO2)と脈拍数を測定するための装置で、一般的に9699%が標準値。

 

93%だと、やはりアップアップ状態。

酸欠というのは、相当苦しいものですね。このまま死ぬのかと思いましたよ。

 

種々の検査後、点滴開始。

 

ステロイド(副腎皮質ホルモンの1つ)は、凄いね。

副作用も凄いけど、いろいろな症状に効果があるのは事実。

 

お陰様で現在は呼吸困難もなく、暇を持て余しているので読書三昧。

年を取ったせいか、ステロイドのせいか、涙もろくなったな~・・・。

 

白虎隊でたった一人生き残ってしまった飯沼貞吉を描いた植村三十里「ひとり白虎~会津から長州へ」で5ページに1回涙。

 

1970年、日本返還を目前に控えた沖縄・那覇での公安警察官と琉球独立を叫ぶ若者達を描いた馳星周のノワール小説「パーフェクトワールド」の時代背景に涙。

 

花村萬月の独特なH描写もあるけど、ギターに触れ音楽の虜になった少女の青春の全て(熱情、誇り、挫折、恋慕等)を含んだ珠玉の青春音楽小説「ロック・オブ・モーゼス」に涙。

 

看護師さん達に笑われながら・・・・、また涙・涙・・・・・。

 

後、何回涙すれば退院かな~。

 

来週の中頃にはTears Dropにいる予定ですよ! 

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2018年

5月

10日

★ 臨時休業

誠に申し訳ございませんが、本日(5/10)より数日間、臨時休業となります。

詳細は、追ってご連絡申し上げます。

ご迷惑をおかけしますが、宜しくお願い申し上げます。

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2018年

5月

07日

★ 妻と一緒に母校へ!

4月に大学時代からの友がご来店。

 

「先日、久しぶりに大学に行ってきたよ」という彼の話を聞き、無性に懐かしくなりこの連休を利用し妻と一緒に行ってきました。

 

サラリーマン時代、仕事の関係で早稲田方面に数回行ったことがあるけど、母校・文学部に足を踏み入れるのは卒業してから初めて。

 

約半世紀ぶりの母校です。

 

当時は、京浜富岡に住んでいましたので、京浜富岡から京浜急行で横浜駅に出、東海道・横須賀線で東京駅に。

東京から大手町まで歩き、大手町から東西線で早稲田に。

1時間目の語学が確か830分くらいからだったので通うのが大変だったのを思い出しながら、川崎から出発。

まず、早稲田駅から一番近い酒屋「KOKURAYA」へ。

 

この酒屋は、とても有名なんですよ。

 

昔は「小倉屋」といい、講談「高田馬場場の決闘」で有名な中山安兵衛が助太刀に向かう途中で立ち寄った酒屋。

 

中山安兵衛はその後、赤穂藩の堀部弥兵衛(ほりべ やへえ)の養子となり赤穂藩士の堀部安兵衛となります。

 

「小倉屋」は、江戸時代から300年以上続く老舗で、安兵衛が使用した「升」は現在の店主が保管しているそうです。

 

時代劇大好きな妻は、嬉しそう・・・・。

次に向かったのが懐かしの文学部。

 

残念なことにスロープ右側の結構広いスペースもその先にあった体育館も工事中。

 

見た目もすっかり変わってしまっていますが、1年の時に使用した教室はそのままでした。

文学部の正門の前には、康平年間八幡太郎義家が奥州の乱を夷げ凱旋の途に創祀した穴八幡宮があります。

 

この穴八幡宮の境内で、貧乏学生の五木寛之が寝泊まりしていたという話があります。

 

穴八幡宮の斜め前にあるのが、蕎麦屋「三朝庵」。

 

この「三朝庵」は、大隈重信が命名。

 

「元大隈家御用」とか「元近衛騎兵連隊御用」という看板にちょっぴり威厳が漂う江戸創業の老舗蕎麦屋で「カツ丼」や「カレーうどん」発祥の地と言われています。

 

バス通りを抜けて本部へ。

 

大隈講堂、大隈重信銅像、早稲田大学坪内博士記念演劇博物館、各学部などを見て回りました。

 

残念ながら連休中で大隈庭園には入れませんでしたが、庭園の側に「リーガロイヤルホテル東京」というでかいホテルが建っているのにビックリ!

 

文学部も本部も一切立看が無く、とてもきれいでした・・・・が、何となく寂しい・・・・。

 

よく通っていた喫茶店、タンメンと餃子が美味しい中華屋さん、文学部のスロープをUターンして遊んだ雀荘、古本屋なのに新刊本が1割引きで買える「文献堂」等々、すべて無くなっていました。

 

約半世紀も経つと変わるものですね。

 

ちょっと浦島太郎的な感じもありましたが、今回歴史好きの妻と一緒に行って良かったと思います。

 

この先、何時行けるか分かりませんし、今回が最期になるかもしれません。

 

本当にいい思い出作りになりました。

 

皆様もできれば10年単位で母校訪問なさった方が良いですよ!

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2018年

5月

07日

★ 連休中1泊2日で・・・

 連休は、いかがでしたか?

 

海外・国内旅行に行かれた方、帰省された方、のんびり自宅で過ごされた方などいらっしゃると思います。

 

僕もこの連休中に12日で行ってきましたよ。

と言っても、行先は・・・・、残念なことに病院。

 

4月のMR検査により心臓の筋肉に血液を送っている冠動脈が細くなっており、将来的には狭心症の可能性があると判明。

 

本来5月の連休はカレンダー通りの予定でしたが、51日~2日にカテーテル検査入院。

検査結果は、冠動脈は細くなっているが現時点では大丈夫とのこと。

一安心です。

 

今回の検査で初めて知ったのですが、普段よくやる血液検査は静脈でカテーテル検査は動脈を利用するんですね。

 

静脈はすぐ血が止まりますが、動脈はなかなか血が止まらないそうで、結構圧迫感のある止血帯をし血が止まるまで1日半ぐらいかかりました。

 

カテーテル検査は左手首の動脈に麻酔をしカテーテルを通していくんです。

脇の下あたりで血管に管が通るのを感じました。

 

心臓の冠動脈が細くなっているが、まだまだ大丈夫との結論。

良かったな~。

 

10周年に向けて頑張りますからね。

 

8日から通常営業となりますので、皆様のご来店お待ちしておりますよ。

 

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2018年

5月

07日

★ 門井慶喜 著「新選組颯爽録」読了

もう、中毒ですよね。

 

本屋さんで「新撰組」というタイトルを見ると手に取ってしまう。

 

これまで、新撰組及び関連本を何冊読んだだろうか。

 

司馬遼太郎の「新選組血風録」、「燃えよ剣」。

池波正太郎の「幕末新撰組」、「近藤勇白書」。

 子母澤寛の新選組三部作/「新選組始末記」「新選組遺聞」、「新選組物語」。

 浅田次郎の「壬生義士伝」、「一刀斎夢録」。

つかこうへいの「幕末純情伝 龍馬を斬った女」。

大佛次郎の「鞍馬天狗」等々・・・。

 

どの本を読んでも面白い。

 

しかし、「新選組」は歴史の教科書にはまず登場しないけど、何故こんなにも人を引き付けるんだろうかね。

 

そう言えば、坂本龍馬の名前も歴史の教科書から消えるとか消えないとか話題になっていますよね。

坂本龍馬が教科書から消えることになったら、新撰組なんか益々教科書に関係なくなるね。

 

でも、新撰組は本当に魅力ある集団なんです。

 

「新選組」の魅力を簡単に言うと、田舎剣術に励んでいた農民の子が、時代の混乱に乗じて成り上がり、倒れゆく幕府のために戦い続け、節義を守り抜いて散っていったという悲壮美。

 

小説や映画の影響もあるけど、個人個人がとても魅力ある人物なんですよね。

近藤勇、土方歳三、沖田総司、斎藤一、芹沢鴨、山南敬助、伊東甲子太郎、永倉新八、武田観柳斎、藤堂平助、鈴木三樹三郎、原田左之助・・・・・等々。

どの人物も面白い。

 

今回読んだ門井慶喜「新選組颯爽録」は、司馬遼太郎の「新選組血風録」を意識しているかもね。

 

近藤勇,土方歳三,沖田総司といった超有名どころの隊士たちの話が3編の他に馬術師範兼勘定方の安富才助,密偵の村山謙吉,文吏の尾形俊太郎といった脚光が当たらない裏方の隊士たちの話が3編、計6編の隊士が描かれています。

 

新撰組に関して近年判明した新史実を踏まえ、隊士達の生きざまを丁寧に描いており、これまでの新撰組とは一味違う新選組を知ることができました。

 

土方歳三の剣術は今一だったが、人を自由に操る事が出来る懐が深い人間として描かれていますし、安富才助、村山謙吉などあまりメジャーでない人物も知ることが出来、とても面白く読めました。

 

新撰組に興味のある方は、是非ご一読を。

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2018年

4月

16日

★とても嬉しい事~DENONの皆様に心から感謝!

・右端:物静かなBig BossのBrendonさん

・右から2番目:陽気で明るいBossのMattさん

 当店のオーディオ機器がDENONなのは、ご存知ですよね。

 

先週、アメリカ及びヨーロッパからDENON関係の方々が十名程ご来店くださりました。

 

日本滞在期間は10日間とのことでしたが、何と10日の内当店の休日を挟んで4日もご来店くださったのです。

 

そして最後の日に、Big BossのBrendonさんからとても素敵なプレゼントを頂きました。

 

何と、とても高そうなヘッドホン!

 

理由としては、DENONの製品を愛しお店で使用してくれていること、好きな曲のリクエストを聞いてくださり、とても気持ち良い楽しい一時を過ごすことができたことへのお礼とのこと。

 

こんなことは人生の中で初めてなのでもう~ビックリ!!

 

定年退職後にロックバーをやると決めた時に、限られた予算の中で惚れたアンプ、プレイヤーがDENONだったというだけなのに・・・・・。

逆に本当に申し訳ない気がします。

でも、嬉しいですね~。

 

それにしても、頂いたヘッドホン、とても素晴らしい音です。

 

DENONの皆様、心より感謝申し上げます。

 しかし、外国の方は本当にお酒が強いですね。

大好きだという山崎12年やバーボンのバッファロ・トレース等を水のように飲む。

アッと言う間にボトル1本が空いてしまう勢い。

 

また、曲のリクエストに関してもとても面白い反応が・・・・。

と言うのも、皆様のお国では、当店のようにリクエストに応えてくれるようなお店が無いそうです。

 

リクエスト曲がかかると「Wow!」と大合唱。

リクエスト曲が無いと、とても悲しい顔で「Oh No~!」。

 

アメリカ人のリクエストは、Little FeatLynyrd SkynyrdAllman Brothers Band等のサザン・ロック系やEaglesNeil YoungCSN等々。

 

ちょっと驚いたのは、リクエストのMetallicaを物静かなBig BossのBrendonさんが一緒に歌っていたこと。

日本の会社では考えられませんよね。

 

ヨーロッパ系の方のリクエストは、Pink FloydYESELO等。

 

Beatlesの「Get Back」、Doorsの「LA Woman」、Bob Marleyの「No Woman,No Cry」は全員で大合唱。

 

特にDoorsRUSHの反応は、素晴らしいものでした。

 

しかし、日本人が大好きな、Deep PurpleRainbowMichael Schenkerなどのリクエストはゼロだったのにも驚き。

 

ということで、本当にDENONBig Bossはじめ皆様、本当にありがとうございました。

今度いつ来日されるか分かりませんが、来日の際にはお店に遊びに来てくださいね!

 

また、お会いできる日を楽しみにしております。

 

ありがとうございました。

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2018年

4月

02日

★キースもリンゴもジョージもスティーブ・ハウも影響を受けた「C&W」が大好きなお客様!

先週水曜日(25日)23時頃に30代中頃の男性二人組がご来店。

 

お話を聞いていると、50年代60年代のPopsRockやカントリー&ウエスタンが大好きとのこと。

 

当店の50’s80’sの看板を見てご来店くださったわけです。

 

そのお二人が言うことには、「友達にカントリー&ウエスタンが大好きといっても、誰も反応してくれないし理解もしてくれない」。

 

当然でしょうね~・・・・。

 

だって、カントリー&ウエスタンが日本で大ヒットしたのは僕がご幼少の時、というか兄貴の時代なんですから。

いるんですね~、お若いのにオールデイズやカントリーが好きな人が・・・・・・。

でも、嬉しいですね~・・・・、涙もんですよ!

 

「マスター、もしレコードがあったら聞かせてくれない?」。

ありますよ、有りますよ。

 

だてに「50年代」を標榜しているわけではありませんよ!

 

ということで、ハンク・ウイリアムス、チェット・アトキンスの他に話に出たウォール・オブ・サウンド/フィル・スペクターも大好きとのこと故、ロネッツなどのレコードを。

 

お二人ともとても嬉しそうにお帰りになりました。

ありがとうございます。

また、遊びに来てくださいね!

 

で、当店所有の「カントリー&ウエスタン」アナログ・レコードをご紹介しますね。

●チェット・アトキンス

Chester Burton Atkins

1924-2001年)

 

アメリカのカントリー・ミュージシャン&ギタリスト。

 

彼が編み出した「ギャロッピング奏法」は、後のロック・ギタリスト~ベンチャーズのドン・ウィルソン、ジョージ・ハリスン、スティーブ・ハウ等に大きな影響を与えたと聞いています。

 

僕が彼の名前を知ったのは、中学生の時。

当時はまっていたベンチャーズが、チェット・アトキンスの影響を受けていたことを知ってから。

 

当然、その頃はお小遣いも少なかったので、レコードを購入したのは大学に入ってからですが・・・・。

 

1954年に発表されたアルバム「A SESSION WITH CHET ATKINS」が高評価を得、1955年シングル「Mister Sandman」がカントリー・チャートの13位にランク・インされチェットは大きな名声を得る。

 

自己名義での活動以外にも、スタジオ・ミュージシャンとしてエルヴィス・プレスリーの大ヒット曲「ハートブレイク・ホテル」や「ハウンド・ドッグ」にリズム・ギターで、ハンク・ウィリアムズやエヴァリー・ブラザース等のセッションにも参加。

 

1970年にジェリー・リードとの共演作「ME & JERRY」でグラミー賞ベスト・カントリー・インストゥルメンタル部門受賞をはじめ、1977年チェットの憧れの存在 レス・ポールとの連名のアルバム「Chester and Lester」で最優秀カントリー演奏受賞、ダイヤ・ストレイトのマーク・ノップラーと共演したアルバム等、生涯において13作品(他アーティストとの連名も含む)でグラミー賞を受賞。

 

1973年にカントリー・ミュージック・ホール・オブ・フェイム・アンド・ミュージアムに登録。

1993年にはグラミー賞の生涯功労賞受賞。

 

2001630日、癌のためナッシュビルで死去。

 

2002年、ロックの殿堂のサイドマン部門を受賞。

2011年、「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のギタリスト」において第21位に輝いています。

●ハンク・ウィリアムズ

Hank Williams

1923-1953年)

 

カントリー音楽の歴史において最も重要な人物のひとりと.

 

1947年から心臓発作で29歳に亡くなった1953年の最初の日までの短い間に「ビルボード」のカントリー&ウェスタン・チャートにおいて1位になったシングル盤が11枚、トップ10入りしたシングル盤が35枚もあります。

 

ハンク・ウィリアムズの影響を受けたアーティストとして、キース・リチャード、マーク・ノップラー、トム・ペティなどが有名。

 

また、ハンク・ウィリアムズの曲をカバーした歌手は、ウィリー・ネルソン、タウンズ・ヴァン・ザント、ボブ・ディラン、レナード・コーエン、ケニー・ランキン、ジョニー・キャッシュ、トニー・ベネット、レイ・チャールズ、ルイ・アームストロング、トム・ウェイツ等数えきれないアーティストがいます。

 

1987年にアーリー・インフルエンス部門で、ロックの殿堂入り。

1999年に「Native American Music Hall of Fame」 で殿堂入り。

2003年にカントリー・ミュージック・テレビジョン(CMT)が選定した「カントリー音楽で最も偉大な40人」で、この年に亡くなったジョニー・キャッシュに次いで第2位に。

2004年「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100組のアーティスト」において第74位。

「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のシンガー」において第27位。

Q誌の選ぶ歴史上最も偉大な100人のシンガー」において第59位。

 

2010412日、ピューリッツァー賞委員会は、「普遍的感覚を心にしみる素朴さで表現したソングライターとしての職人技、カントリー音楽をアメリカ人の生活における大きな音楽的文化的存在に変貌させた大きな役割」に敬意を表し、ウィリアムズに没後の特別賞を追贈。

 

2011年、1949年にチャートNo.1に輝いた「Lovesick Blues」によりグラミーの殿堂入り。

●ジョニー・ホートン

Johnny Horton

(1925 - 1960)

 

日本でも大人気のカントリー歌手の一人ジョニー・ホートンは、不幸にもレコーディング期間はたったの5年と実に短命。

 

ジョニー・ホートンが文無しの歌手から一躍人気歌手となった最初のヒット曲は1956年に録音された「Honky-Tonk Man」。

 

しかし、彼が日本で有名になったのは、映画の西部劇の主題歌です。

 

1956年の映画「Davy Crockett, King of the Wild Frontie(鹿皮服の男)」のテーマ曲「The ballad of Davy Crockett/ディビー・クロケットの唄」が大ヒット。

 

1959年には、1800年初頭の英国との接戦を歌った「The Battle of New Orleans(ニュー・オーリンズの戦い)でカントリー&ウエスタン部門のグラミー賞受賞。

 

1960年には映画「Sink the Bismark/ビスマルク号を撃沈せよ」の主題歌が大ヒット。

 

また、同年1960年代にはゴールドラッシュをテーマにしジョン・ウエインが主演となった映画「North to Alaska(アラスカ魂)」のテーマソング「アラスカ魂」が大ヒット。

 

日本のヒットパレードでも上位を占めていましたが、この作品が遺作となってしまいました。

 

映画も主題歌も大ヒットを記録しジョニー・ホートンは人気絶頂でしたが、1960年に、テキサスの高速道路で酒気帯び運転の車と正面衝突して惜しくも35歳で亡くなりました。

 

あまりに若すぎる死ですね!

 

余談ですが、ジョン・ウェイン主演の映画「アラスカ魂」の前作である映画「アラモ」もいい映画でしたね。

観た映画館は、旧東劇。

現在の東劇と違い、入り口から中まで靴が半分めり込む程の赤絨毯が敷いてあること、また映画の内容でジョン・ウェインがディビー・クロケット役、リチャード・ウイッドマークがナイフの名人ジム・ボーイ役で出演しており、初めての東京での映画で本当に興奮したのを覚えています。

 

因みに、映画「アラモ」の主題歌は、ブラザース・フォーですが・・・。

●ジョニー・キャッシュ

John R. "Johnny" Cash

1932- 2003年)

 

ジョニー・キャッシュは、アメリカ合衆国のシンガーソングライター、俳優、カントリー、ロック、ロカビリー歌手・作曲家であり20世紀の多くのミュージシャンに影響を与えています。

 

彼はカントリー歌手として知られていますが、曲やサウンドのジャンルがとても広く、ロック、ロカビリー、ブルース、ロック、ゴスペルと多岐に亘っています。

 

そんもため、カントリー・ミュージックの殿堂、ロックの殿堂、ゴスペル・ミュージックの殿堂と複数の殿堂入りを果たしています。

 

2003年に死去するまでに放ったヒット曲数は140曲以上。

ヒット曲最多売上曲数の世界記録保持者エルヴィス・プレスリーの151曲に迫る数字です。

 

レコードとCDの累計売上がこれまでに5,000万枚を記録しており、グラミー賞11回受賞の他、数々の受賞歴を持っています。

 

ジョニー・キャッシュの特徴は、「ロックの反逆性とカントリーの哀愁、フォークの語り口」といわれる独自の世界感を持つ歌が多くのアーチストから尊敬されています。

例えば、クリス・クリストファーソンやU2のボノ、ボブ・ディラン、ウィリー・ネルソン等。

 

「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のシンガー」において第21位。

 

「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100組のアーティスト」において第31位。

 

Q誌の選ぶ歴史上最も偉大な100人のシンガー」において第14位。

●フランキー・レイン

Frankie Laine

1913- 2007年)

 

フランキー・レインは、アメリカ合衆国イリノイ州シカゴ出身の歌手・俳優。

 

イタリアのシシリー島の移民で若い頃ナイトクラブなどで活動。

 

1952年、ゲイリー・クーパー主演の映画「真昼の決闘」のテーマ曲「ハイ・ヌーン」が大ヒット。

 

この映画は、保安官1人で殺し屋4人と立ち向かわざるを得ないという内容で、主演のゲイリー・クーパーは歳を重ねて渋味のある中年男の孤独と苦悩を演じてアカデミー賞の主演男優賞を獲得。

因みに妻を演じたのが後にモナコ公妃となったグレイス・ケリーです。

 

1955年から1966年まで11年間続いたCBSテレビで放送された西部劇「ローハイド」のテーマ曲「Rawhide」が大ヒット。

 

200726日カリフォルニア州サンディエゴで心血管疾患のため亡くなります。

 

フランキー・レインは、子供の頃に西部劇映画で知った歌手で正式にはC&Wの歌手ではありませんが、西部劇=フランキー・レインの歌はいつも片隅に生きています。

●「カントリー&ウエスタン」とは?

 

お若い方達はご存じないかもしれませんが、「カントリー&ウエスタン」の起源は簡単に言うとヨーロッパの伝統的な民謡やケルト音楽などがスピリチュアルやゴスペルなど霊歌・賛美歌の影響を受けて1930年代に成立した白人労働者階級のフォーク・ミュージックで、類似したルーツを持つウエスタン・ミュージックを包括し1940年代、「カントリー・ミュージック」という言葉で定着。

 

1950年代には、ビル・モンロー、チェット・アトキンス、ポール・コウエン、オウエン・ブラッドリーなどが活躍。

 

1960年代後期は、ブリティッシュ・インヴェイジョン(Beatles等)の影響によりナッシュビルで生産されるカントリーへの熱狂も薄れたが、新たにカントリー・ロックというジャンルが生まれます。

 

1970年代にはBirsのジーン・クラーク、C.C.R.ニュー・ライダーズ・オブ・ザ・パープル・セイジ、ニッティ・グリッティ・ダート・バンド等が活躍。

 

その後、カントリーとロックが融合しポコ、バッファロー・スプリングフィールド、グレイトフル・デッド、イーグルス等が誕生。

 

また、カントリーとハード・ロックが融合し、オールマン・ブラザーズ・バンド、レイナード・スキナード、マーシャル・タッカー・バンド等のサザン・ロック全盛期となります。

 

ローリング・ストーンズも「カントリー・ホンク」や「ホンキー・トンク・ウィメン」等でカントリー・ロックを取り上げていますよね。

 

日本でブームになったのは、第二次世界大戦終戦後にアメリカ兵が持ち込んだカントリー・ミュージックが最初。

 

1940年代から1950年代に全盛期となり、ジミー時田とマウンテン・プレイボーイズ、小坂一也とワゴン・マスターズ、ウイリー沖山が在籍したカントリーボーイズなどが活躍。

 

僕が「カントリー&ウエスタン」を知ったのが、兄が持ち込んだ1950年代後半。

 

かなり大雑把に書いてしまいましたが、本当に面白いな~。

 

この辺の音楽史、近い内にもう一度まとめてみたいです。

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2018年

4月

01日

★大庭萱朗(編)「田中小実昌ベスト・エッセイ」読了

 若い頃、新宿ゴールデン街で何回かお見かけしたことがある田中小実昌氏のイメージと言えば、TVでハチャメチャなコメントをする酔っぱらいの直木賞作家。

 

でも、このエッセイを読んで初めて田中小実昌氏の人物像を理解することができました。

 

氏は、19歳(1944年)で出征し山口県の連隊に入営。

 

中国で粤漢線鉄道警備の部隊に編入。

 

中国での苦しい行軍の中でマラリア、コレラに罹り、敗戦直前にアメーバ赤痢の疑いで野戦病院に移送となり終戦。

 

1946年に呉市に戻り旧制福岡高校を繰上げ卒業し同年無試験で東京大学文学部哲学科に入学。

 

大学在学中からストリップ劇場での演出助手、進駐軍用将校クラブでのバーテンダー、啖呵売、易者などの職を渡り歩き1952年に東京大学を除籍。

 

1954年より米軍の医学研究所で化学実験の仕事をし、その傍ら翻訳家として多くのハードボイルド作品を翻訳。

 

その後、アルバイト時代の経験を活かし本格的な作家活動に。

1979年、「ミミのこと」「浪曲師朝日丸の話」の2作品で直木賞を受賞。

同年、戦争体験や父の姿に題材を取った短編集「ポロポロ」で谷崎潤一郎賞を受賞。

その後は、往年の深夜番組「11PM」をはじめとして、テレビドラマ、映画、CMといった様々な場面で活躍。

 

新宿ゴールデン街(東京都)の常連で、毎日ゴールデン街で10軒は飲み歩いたらしい。

僕が氏を何回かゴールデン街でお見かけしたのはこの頃(1980年初頃)。

いつも酔っているのでしょうが、飄々とした感じが印象的でした。

 

今回読了した大庭萱朗(編)「田中小実昌ベスト・エッセイ」には、氏の戦争体験(「勤労奉仕から動員へ」、「父と特高」、「昭和19年」等)、敗戦後進駐軍でのアルバイト他(「やくざアルバイト」、「横田基地のバンブダンプ」、「不動産屋、そして医学研究所」他)、作家活動に入ってからの新宿ゴールデン街での話(「路地に潜む陽気な人々」等)などが収録されています。

 

クソ真面目な牧師の父を持つ少年の気持ち、戦争体験、敗戦後の進駐軍のこと朝鮮戦争時の日本の状況等々、とても面白いエッセイが満載ですよ。

 

お勧め本です。

 

●大庭萱朗(編)「田中小実昌ベスト・エッセイ」

出版社:筑摩書房(文庫本)

値 段:950円+消費税

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2017年

10月

09日

★Tom Petty

 アメリカを代表するロック・アーティストTom Pettyが、10/2に亡くなりましたね。

 

同世代の死、とても残念です。

 

享年66歳。

 

トム・ペティを知ったのは、約35年ぐらい前。

 

友達とレコード交換をした中に1979年発表の「Damn The Torpedoes/邦題:破壊」と1986年発表のLIVE盤「Pack Up The Plantation: Live!」があってね、LIVE盤が結構気に入っていたのですが・・・・・。

 アメリカでは、ロックの殿堂の常連で受賞者の演奏時にバック演奏で毎回出演するぐらい人気のあるロッウ・アーチストなんですが、日本での評価は今一。

 

何となく“通好み”のロックなんでしょうね。

 

1950年生れのトム・ペティ、幼いころはエルビス・プレスリーに憧れて音楽の道を志したそうです。

 

1976年にトム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズ/ Tom Petty & The Heartbreakersを結成し、1stアルバム「アメリカン・ガール」を発表。

 

このアルバムは、本国アメリカではあまり評価が得られなかったが(全米55位)、ニルス・ロフグレン(英語版)のイギリス・ツアーでオープニングアクトを務めるとイギリスで人気が高まり、19776月にはデビュー・アルバムが全英アルバムチャートで24位と大ヒット。

 

そして1979年に発表した3rdアルバム「Damn The Torpedoes/邦題:破壊」が2ヶ月以上に亘って全米アルバム・チャートで2位を記録する大ヒットに。

 

このアルバム以降現在まで、彼のアルバムは全米チャートのトップ10に食い込むほどの人気で、アメリカを代表するロック・アーティストとして君臨し続けます。

 

1988年には、ボブ・ディラン、ジョージ・ハリスン、ジェフ・リン、ロイ・オービソンと共に結成した「トラヴェリング・ウィルベリーズ」でも高い評価を得、多くのミュージシャンからリスペクトされています。

 

1994年、リック・ルービンのプロデュースによるソロ2作目「ワイルドフラワーズ」を発表。

 

同アルバムからのシングル曲「ユー・ドント・ノウ・ハウ・イット・フィールズ」でグラミー賞最優秀男性ロック・ボーカル・パフォーマンス賞を受賞。

 

2002年、トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズとしてロックの殿堂入り。

 

「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100組のアーティスト」において第91位。

 

活躍している同世代が亡くなるのは、本当にショックで悲しいことです。

心よりご冥福をお祈り申し上げます。

 

改めて合掌!

 

トム・ペティの訃報を受け、様々なミュージシャンが追悼コメントを発表しています。ボブ・ ディラン、ポール・マッカートニー、ミック・ジャガー、キャロル・キング、ブライアン・ ウィルソン、リンゴ・スターほか。

http://amass.jp/95349/

 

当店所有のTom Pettyアナログレコード紹介。

●「Damn The Torpedoes/邦題:破壊」

 

1979年発表の3rdアルバム。

 

全米アルバム・チャートで2位となる大ヒットアルバム。

 

2ヶ月以上に亘って米チャート2位に留まるロング・セラーを記録しプラチナ・ディスクに認定されたバンドの出世作。

 

初のトップ10シングル「危険な噂」、代表曲「逃亡者」「ヒア・カムズ・マイ・ガール」などが収録されています。

●「Southern Accents/邦題:サザン・アクセンツ」

 

1985発表の6thアルバム。

 

全米アルバム・チャートで7位を記録。

 

ユーリズミックスのデイヴ・スチュアートが参加したことでも注目。

 

タイトルやジャケット・デザインそのままのシンプルで味わい深いナンバーと、シングル「ドント・カム・アラウンド」に代表される冒険的なトラックが混在する素晴らしいアルバムです。

●「Pack Up The Plantation: Live!

 

1986年発表の2枚組LIVE盤。

 

全米22位を記録。

 

全編Rock’n Rollガンガンで、とても格好良いです。

 

このアルバムを先に聞いていれば、日本での評価がもっと高くなるのではないでしょうか・・・。

 

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