土
31
12月
2011
2011年も、もう数時間で終了ですね。
今年もお客様に助けられた1年でした。
ご来店くださいました全てのお客様に心から感謝申し上げます。
ありがとうございました。
2012年が良い年になるよう、心よりお祈り申し上げます。
良い年をお迎えくださいね!!
火
20
12月
2011
シュトレーンは、ドイツの伝統的なイースト菓子(写真)。
このシュトレーンを見ると、「ア~ッ、クリスマス、年末だな~!!」と、一層感じ、僕にとってはこの季節の風物詩となっています。
このシュトレーンの美味しさを教えてくださったのが、友人のKさん。
毎年この時期に送ってくださいます。
Kさん、今年もありがとう!
心から感謝です!!
このシュトレーン、ドイツではクリスマスに向かって少しずつスライスして食べるとか・・・。
フルーツの風味などが日毎にパンへ移っていく為、今日よりも明日、明日よりも明後日と美味しさが増すのとシュトレーンが減っていく分、クリスマスがだんだん近づいてくる、という楽しみが感じられるからだそうです。
でも、これ結構難しいんですよ・・・・・・。
このシュトレーンは本当に美味しいので、すぐ食べたくなってしまいます。
クリスマスまで待てるんだろうか・・・・?
多分・・・・・、ダメ!!・・・・の予感・・・。
Kさん、ありがとう!!
木
15
12月
2011
友人のN君からミカンをいただきました。
箱を開けてビックリ!!
ミカンの色が、これまで知っているミカンと全然違う。
黄色というより本当に鮮やかなオレンジ色。
見ただけで美味しさを感じます。
(写真よりももっともっと濃い橙色なんですよ~!!)
解説書によると・・・
香川県生まれのみかん 小原紅早世 「さぬき紅」~香川県で生れた紅が濃く、糖度の高いみかん。その中から、選りすぐった特に甘いごく一部のみかんを「さぬき紅」という。
早速、鮮やかな色の皮をむき一口・・・・・。
オ~ッ!!
今まで経験したことのない甘さと香り・・・・!!
最高に美味しいミカンでした。
N君、ありがとう!!
水
14
12月
2011
今日12月14日は、赤穂義士による吉良邸討ち入りの日。
大石内蔵助良雄以下赤穂浪士47名(四十七士)が、主君播州赤穂藩主の浅野内匠頭長矩の仇を晴らすべく高家旗本・吉良上野介を討ち入りした日。
高校生の時、大佛次郎(ダイブツジロウと読んだ人がいましたね!)の「赤穂浪士」を夢中で読んだことを思い出します。
その後、忠臣蔵に関する本をやたらと読みまくり・・・。
吉川英治「新編忠臣蔵」、海音寺潮五郎「赤穂浪士伝」、山田風太郎「忍法忠臣蔵」、堺屋太一「峠の群像」、つかこうへい「つか版・忠臣蔵」、池宮彰一郎「四十七人の刺客」・・・・
ウ~ンとウ~ンと、ウ~~~~ッ、思い出せない・・・・情けない・・・やっぱり年だ!!
映画も何本か見ました。
誰が主演の映画だったか忘れてしまったけど、最後の場面で一人人呼ばれ切腹するんですが、大石内蔵助の息子・主税が呼ばれた時に「父上、お先に・・・」とニッコリ笑って刑場に向かう姿に滂沱の涙・・・・、ウ~ッ、泣ける!!
現在読んでいる佐伯泰英著「古着屋総兵衛影始末記」の第2巻にも赤穂義士が登場します。
この本、忠臣蔵と関係ないけど、めちゃくちゃ面白いですよ!!
私用で横浜に行く時、本を忘れてしまったので駅のコンビニで急遽購入したのが、「古着屋総兵衛影始末記」。
読み始めたら、もう面白くって面白くって、時間を忘れてしまうくらい!!
新潮社の文庫本で出ていますからね、時代劇が好きな方は読んでみては・・・。
忠臣蔵=12月=年末・・・・今年も終りだな~~~・・・・。
年の瀬は、何故か・・・寂しさを感じるな~~・・・・・。
月
12
12月
2011
日曜日(10日)は、チョトバタバタしておりまして、新聞も斜め読み。
友人から「(朝日新聞)be読んだ?」の連絡。
何事かと思い開いてみたら、他界したロッカーのランキング。
マ~、何としたことか!!
ロック・バーのオヤジが、肝心の記事を見落とすとは・・・・情けない!!
12/8のジョン・レノンの命日を機に朝日新聞が「もう一度見たい早世したロッカー」のアンケート調査の結果・・・・・
1位:ジョン・レノン
2位:エルビス・プレスリー
3位:フレディー・マ-キュリー
4位:ジミ・ヘンドリックス
5位:ジャニス・ジョプリン
6位:ボブ・マリー
7位:ブライアン・ジョーンズ
8位:マーク・ボラン
9位:オーティス・レディング
10位:ジム・モリソン
以下、⑪ジョン・ボーナム、⑫エイミー・ワインハウス、⑬シド・ヴィシャス、⑭カート・コバーン、⑮ロイ・ブキャナン、⑯サム・クック、⑰キャス・エリオット、⑱ジェフ・ボーカロ、⑲エリオット、スミス、⑳キース・ムーン
となっていました。
こう見ると、やっぱりジミヘン、ジャニス、ブライアン、ジム・モリソンの27歳組が目につくね。
最近では、ショットガンで自らの頭を打ちぬいたニルヴァーナのカート・コバーン(壮絶!)や薬物・酒におぼれたエイミー・ワインハウスも27歳だったとか・・・。
この「呪われた27歳」をロックファンの間では「27クラブ」と言うらしい。
若くして非業の死を遂げ伝説のスターになったからこそ、余計に見たいのかもしれないね。
ドラッグや酒に溺れ、自由奔放で自堕落に刹那的に生きた彼ら・・・。
反面、若い頃薬物に溺れ、コンサート中に刃物で自分を切り刻み血を流しながら歌っていたパンクの大御所イギー・ポップは現在64歳で毎朝ジョギングし健康に生活しているとか・・・・。
どちらも人生!どちらもロック!
日
11
12月
2011
30代中頃の男性二人組み。
お話しを伺っていると、学生の頃にバンドをやっていたとのこと。
レパートリーは、パープルやヴァン・ヘイレン、ACDC、メタリカ等のハード・ヘビメタのよう・・・・。
そこにサンフランシスコ育ちの米国人が、三週連続の御来店。
この米国人、流暢な日本語で「ヴァン・ヘイレンお願いします」とリクエスト。
「You Really Goy Me」で火がついたのか、30代の男性客から次々にリクエスト・・・。
UFO、マイケル・シェンカー、ジューダス・プリースト。ACDC、ディープ・パープル、ツェッペリン、WHO、メタリカ・・・・・。
米国人はといえば、曲の最中「ロックン・ロ~~~ル!!」の連発!!
ウ~ン、もうどうなってもいい~~~!!好きにして~~状態。
久々のハードロック・ナイトでした。
写真は、1978年発表のヴァン・ヘイレンの記念すべき1stアルバム「Van Halen/邦題:炎の導火線」。
USAアルバムチャート19位になり、プラチナディスク獲得し現在1000万枚以上を売り上げているとか。
AB面全て好きなんだけど、2曲目のEruptionから3曲目のYou Really Got Meの流れが特に大好き!!
日
04
12月
2011
“母の味” の代表格が、味噌汁や漬物。
小生の亡き母も結構まめに漬物を作っていました。
ラッキョウや梅干、キャベツ、ナス、キュウリ等の糠漬け、冬になると白菜漬け等、季節ごとに僕らを楽しませてくれました。
特に好きだったのが、ラッキョウ漬けの初期段階の「塩ラッキョウ」、梅干、キャベツの古漬け。
もう、これさえあれば白いご飯が軽~く2杯はいける。
先日、義兄の法事で一度は食してみたかった紀州の豪華な梅をいただきました。
紀州の梅と言えば、梅の中の王様。
夢にまで見た紀州梅を漬けた最高級の梅干食べられるなんて、最高!!
喜々として包装紙を破ると箱には“はちみつ梅(写真)” とある。
「はちみつ?そうか、昨今の減塩ブームが反映されているのか。ま~しょうがないか!」と、考えつつ箱を開けてみると、ビックリ!!
梅の実が一つ一つきれいに梱包され、鎮座ましましている。
その数、24粒。
さすが、紀州の梅、凄い!!
商品説明書によると、〈紀州・梅の細川家が採れたての梅を」更に厳選し、特別仕込みで漬けあげた「村の梅」〉とか。
一粒がとにかくデカイ!・・・、縦横各4~5㎝はありそう!
さっすがだな~、梅を売り物にしている紀州だけある!!と、独り言を呟きながら、おもむろに口へ・・・・・。
ウン? ウン??・・・・・。
ナッ、ナッ、何だ、これは?
ウ~ン、梅干じゃない!!
けど、けど美味い、とにかく美味い!!
梅干を食べたつもりだったが、梅の味をした極上のスイーツ!!
本当に美味しい梅味のスイーツでした。
それにしても、昨今の減塩傾向は、いかがなものかな~?
もう、母が作ったような塩辛い昔ながらの梅干、古漬けのキャベツの千切りやナス・キュウリで白いご飯は・・・・・・、夢だろうか??
火
15
5月
2012
●14日付朝日新聞「天声人語」によると、130年前の明治15年5月14日に歌人であり精神科医の斎藤茂吉先生が誕生した日という。
こんな凄い人と当店の誕生日が同じと言うのは、何となく嬉しいよね。
茂吉さんの誕生から約120年後に曾孫・由香さんとお仕事ご一緒できたのも何かの縁かもしれないね。
明治15年といえば、大好きな西郷隆盛の西南戦争から5年後だよね。
そんな時代に当然ロックなんかは無いけど、斎藤茂吉さんはハードロック・ヘビメタを聞いたら、どんな反応を示すんだろうか?
日本版「Back to the Future」・・・・、妄想は、限りなく広がります!!
●紋谷コレクションの紋谷さんがお友達の山田さんと久しぶりに笑顔でご来店。
ご自分の好きな音楽を聴いている時のお顔は、とても素敵です。
現在は、「頑張れ!」と言う言葉はタブーらしいけど、僕らの世代で紋谷さんにかける言葉は・・・・、やっぱり「頑張れ!」です。
心から応援していますよ!
●当店は、地味なロックバーなので何のイベントもやりませんでしたが、いろいろなお客様から嬉しいお言葉を多数いただきました。
本当に本当に、心から感謝申し上げます。
ロックのリズムに体がついていける限りお店をやっていきたいと思っておりますので、今後ともよろしくお願い申し上げますネ!!
月
14
5月
2012
本日5月14日でPops & Rock Bar “Tears Drop”は、3周年を迎えることができました。
これも偏にお客様の暖かいご支援とご協力があったからこそと心から感謝いたしております。
まだまだ至らない事ばかりで恐縮ですが、3周年を契機に”音楽の街川崎”に少しでも貢献できるよう頑張りますので、今後ともご愛顧のほど宜しくお願い申し上げます。
今年も大変な年になっていますね。
震災の復興もままならないのに、消費税、電気料金など・・・、頭の痛いことがイッパイ!
こんな時代だからこそ音楽は重要ですよ。
音楽は心を癒してくれますからね!!
これからも笑顔と音楽を忘れず、明るく前を向いて歩いていきましょうね!!
今後とも宜しくお願いもうしあげます!
月
07
5月
2012
本日は、誠に申し訳ございませんでした。
人生3度目の救急車でした。
4日ほど前から胃が重痛く、何となくしっくりしない状態が続いていましたが、連休中だったので本日午前中に病院へ。
薬をいただき昼食後お店に入り、オンザロック用のロック氷を作り始めたところ、急激に胃と左側の腹・腰・背中が痛みだし、あっという間に七転八倒・のた打ち回る程の激痛・・・。
どのような体勢をとっても、大の男が涙を流すくらいの激痛!
七転八倒とはよくぞ言ったもんです!
激痛で冷汗流しながら救急車で病院に。
診断結果は、・・・尿管結石。
この激痛、経験してみないとわからないだろう~ね!!
簡単に言うと、腎臓から出ている細い管(尿管)を管よりも少し大きめの金平糖のようなもっとギザギザにした”石”が無理やり通るようなもの。
金平糖が好きな方、誠に不適切な表現でした・・・、陳謝!!
で、その石が通過中非常な激痛に見舞われるんだけど、これが通過してしまうとね、今までの激痛は何だったんだろうか・・?と思うぐらい何の痛みも無くケロッとしちゃう。
経験者から良く聞くんだけど、この結石の結末は「石が出た時にチャリンと音がするからわかるよ」です。
でも、音は・・・・、聞こえませんでした。
痛みは取れましたが、何となく不安でしたので、急遽お休みにさせていただきました。
本当に申し訳ございません。
明日は元気よくお店をオープンしますので、宜しくお願いしますね!!
日
06
5月
2012
生まれて初めて” 東京”に行ったのが1960年、小学6年生・・・かな?
この時の衝撃は、生涯忘れないだろうね!
まだ、横浜市では伊勢佐木町が文化の中心で、横浜駅だって高島屋と相鉄ビルぐらいしかなく、ススキ野原が見えていたくらいの時代。
有楽町駅で驚き、銀座で驚き、歌舞伎座で驚き・・・、上映館の東劇に、さらにその時観た映画に・・・・、もう驚きの連続!!
当時の「東劇」は、当然ビルではなく、写真のような洋館。
正面入口から真直ぐに赤ジュータンが敷きつめられており、思わず靴を脱いじゃいそうなほど・・・、もう日本ではなかったですよ。
その時に見たのが、今でも大好きな映画の一つ「アラモ」。
テキサス独立戦争中、サンタ・アナ将軍率いる数千人のメキシコ軍と200名足らずのテキサスの民衆とが繰り広げた13日間の戦闘で有名な「アラモの戦い」。
登場人物は、当時の少年たち憧れの♪わずか三つで熊退治♪のデヴィー・クロケットやナイフの名人ジェイムズ・ボーイ‥等
画面も当時信じられないほどデカイ70㎜大画面・大迫力!!
主題歌がブラザース・フォー「遥かなるアラモ」で、エンディングの曲は前年(1959年)封切の「リオ・ブラボー」の主題曲「皆殺しのテーマ」。
いまでもこの「皆殺しのテーマ」を聴くと涙が出てきます。
このアラモ以来、血涌き肉躍るハリウッド映画が大好きになってしまい・・・・、現在に至ります、ハイ!
60年代は、映画主題歌のヒット曲が結構あるので、この流れの中で一度ご紹介するつもりでいます。
乞うご期待!
●ブラザース・フォー/ THE BROTHERS FOUR
ワシントン大学の学生4人が1958年に結成したフォーク・グループ。
翌年1959年コロムビア・レコードからのデビュー・シングル「グリーンフィールズ」が大ヒット。
その後も「遙かなるアラモ」、「7つの水仙」等が連続ヒットし、アメリカンフォークの代名詞として世界的なトップグループに。
キングストン・トリオやPP&Mとともに、アメリカンフォーク・ブームを確立。
この流れは、その後のジョーン・バエズやボブ・ディラン等へ続くムーブメントを導いた。
日本へは1962年の初来日以来ほぼ毎年ツアーを行い、日本のキャンパス・フォークからカレッジ・ポップスの創生に大きな影響をあたえました。
若い方にも是非一度は聞いて欲しいグループですよ!!
金
04
5月
2012
金沢文庫から京浜富岡に引越したのが1962年。
社員寮から一戸建ての家になり、次兄と同室とはいえ、あの夢にまで見たアメリカのホームドラマのような子供部屋。
もう、有頂天の大はしゃぎ、頭の中は完璧なアメリカン!
次兄と同室だが、2段ベットの上段は誰にも邪魔をされない自分だけの世界。
学校から帰宅すると直ベットへ・・・・。
そこで本を読んだりイヤフォーンでラジオを聴いたり・・・・で、完璧なラジオっ子が誕生したわけです。
学校から帰宅して直にベットに寝転がり、漫画や本を読みながらラジオを聞きだす。
この当時、洋楽のベスト10番組が週3本ぐらいあってね、ベスト10の曲目をすべて生徒手帳の白紙ページに記入していました。
でもね、この生徒手帳を就職後、転勤時に紛失してしまいましてね・・・・、残っていたら、当時の思い出がいっぱい詰まっていたのにね・・・・、残念、残念です。
ラジオから流れてくる曲の常連さんといえば、プレスリー、リッキー・ネルソン、ポール・アンカ、ニール・セダカ、コニー・フランシス‥等。
特に好きだったのが、キングストン・トリオの「トム・ドゥーリー」(1958年11月ビルボードNo.1記録)、プラターズの「煙が目に染みる」(1959年2月ビルボードNo.1)・・・etc。
まだまだBeatlesは登場しません!!
●エルビス・プレスリー/Elvis Presley
ご存じ、キング・オブ・ロックンロール。
1956年に6枚目のシングル「Heartbreak Hotel」が全米1位を記録してから破竹の勢い。
今更説明するまでもないけど、1977年に死去するまでの21年間で、100位以内に146曲、40位以内に112曲、20位以内に72曲、10位以内に38曲がチャートインしているんです。
そしてNo.1ヒットは全18曲で、ビートルズに次ぐ歴代2位。
やっぱり、キング・オブ・ロックンロール。だよね!!
ロックン・ロール、リズム&ブルース、ゴスペル・ミュージックの3部門で殿堂入りした初のアーティスト。
●ポール・アンカ/Paul Anka
1957年にデビュー曲「Diana/ダイアナ」がビルボードNo.1位を獲得。
この曲、日本ではチャコさんでも有名ですよね!
カラオケで女性に嫌われているNo.1曲 フランク・シナトラの「マイ・ウェイ」は、彼の作詞・作曲でもあります。
●Neil Sedaka
彼も作詞・作曲家としてとても有名。
1958年にコニー・フランシスのために作った「間抜けなキューピッド」で注目を浴び、「恋の片道切符」、「おお!キャロル」、「カレンダー・ガール」、「すてきな16才」、「悲しき慕情」などが次々に大ヒット。
ポール・アンカと並ぶ全米のトップアイドルでした。
僕らの年代が大好きな曲の一つ「ライオンは寝ている」は、トーケンズというポップ・グループの曲なんだけど、このグループ、実はニール・セダカが高校時代に結成したんですって!!
知ってました?
水
02
5月
2012
昨日、国分寺に行ってきました。
学生時代の友人が4月からジャズ喫茶を始めましたので、この連休を利用してお祝いに・・・・。
国分寺駅北口を出て、学生通りを右方向へ3分ほど行ったビルの地下。
お店の名前は、「JAZZ & COFFE KIKI」といいます。
店内は、黒を基調としたとてもお洒落で落ち着ける感じ。
店内を見回すと・・・・、ナン、ナント!!・・・ステージまで在るではありませんか!!
ステージには、ドラムとピアノがセットされており、いつでもLIVEができるようになっています。
店内に流れているJAZZは、もちろんアナログレコード。
アナログレコード特有の暖かな音色を聴きながら、マスター厳選の豆で点てたホット・コーヒーをいただくなんて最高!!
マスターが学生時代から収集したレコード。
JAZZの名盤ばかり2000枚以上!
写真は、その一部。
JAZZを知らなくっても大丈夫!
マスターが優しく教えてくれますよ!!
このステージで、すでに2回ほどLIVEを開催しているとか・・・!!
ステージを借りる料金は、交渉次第!!
マスターに相談してみると良いよ。
ひょっとすると・・・・、ひょっとするかも・・・!!
国分寺方面に行かれた際は、是非一度行ってみてくださいね。
宜しくお願いしますね。
● JAZZ & COFFE 「 KIKI 」
住所:国分寺市本町2-2-11 龍光堂ビルB1
電話:090-1610-3249
マスターのtwitter:twitter@kiki2137
日
22
4月
2012
中学1年の1学期に金沢文庫から京浜富岡に引っ越したのですが、金沢文庫当時が懐かしいので若干思い出話を・・・、お付き合いください。
京浜急行金沢文庫駅の改札口を出ると、右手に「すずらん通り」があります。
このすずらん通りのほぼ中央にキリン座という邦画専門の映画館がありました。
ここで観た黒沢明監督の「七人の侍」が、吾が人生最初の映画鑑賞だと記憶しています。
この「七人の侍」の封切は、1954年(昭和29年)なので、小生6歳。
当時、ほとんど娯楽らしきものはなかったので、映画館は非常に混んでてね、舞台上で見ていた記憶があります。
そのキリン座の左右どちらかは失念しましたが、金沢文庫では有名な資産家「小田薬局」があります。
そう、オフ・コースで活躍した小田和正先生の御実家。
小生の3つ上の兄と小田和正先生の兄弟と一緒に「ボウズ山」で遊んだ記憶がありますが、先生は覚えていないだろうね・・・。
なんせ50年以上前のお話ですからね・・・。
金沢文庫改札口の正面に日本蕎麦屋さんがあり、数か月に1回、買い物帰りに母親と一緒に「かけうどん」を食べるのがとても楽しみだったね。
でも、その当時の「かけうどん」の値段はいくらぐらいだったんだろうか?
…30円ぐらいかな~?
駅前から15号線を右折すると小学校時代の同級生だった「長嶋製パン」がありました。
パン工場がお休みの日曜日に工場内でよくかくれんぼをしたもんです。
当時、まだ甘いものがそんなに普及してなくってね、かくれんぼしながら菓子パンの失敗作などを盗み食いしてましたよ。
そのパン屋さんを出、15号線を渡ると坂があり、登り切った左手に「天使幼稚園」があります。
教会には、大きなマリヤ像がありましたね。
通常、学校の先輩後輩というと、中学・高校・大学をイメージするよね。
幼稚園の後輩と言うのは何となくピンとこないけど、会社勤めしていた時、僕のチームに配属されてきたかわいい女の子が、なんとこの天使幼稚園の後輩。
この時はビックリしましたね。
このかわいい女の子も今年ご結婚されたようです。
いや~、思い出すときりがないね。
まだまだ金沢文庫の思い出を書きたいけど、この辺で終了。
近々、本格的に60年代Popsに入りますからね・・・・!!